海に囲まれた離島の篠島には、自然豊かな美しい景色や、
歴史のある建造物が盛りだくさん!
古くから伝わる史跡を巡って散策したり、伝統の祭事など様々な催しを体験したりそれぞれの過ごし方で篠島をお楽しみください。



- 最高にうまい海の幸はここに水揚げされて食膳へ。 天然の漁港で昔から繁栄していたと伝えられており、漁がある日はいつも活気に溢れています。
- 篠島漁協直営の海上管理釣堀。鯛やハマチ、鰺等大小さまざまな魚が放されている。海の魚ならではの強い引きが手軽に楽しめ、シーズンになると朝から大にぎわい。
- ◆定休日:毎週火曜日(夏休み中は毎日営業)
◆ご予約・お問い合せ:TEL 0569-67-3780 篠島漁協内(8時~4時)
- 活気あふれる市場の風景はさすがのもの。
漁協のビルや倉庫も建ち並んで、漁業の盛んな様子がひと目でよくわかる。
- 三河湾を進む漁船の中には、船首に不思議な唐草が描かれている船が多くみられますが、これらはすべて篠島で作られた船。この篠島型の船が大漁をもたらす。 この地では寺浜(てらば)、照浜(てらば)とも呼ばれている。
- 篠島港から島を横断。島の東側にある、「篠島の顔」とも言える存在の海水浴場。目の前には渥美半島が見渡せる他、風力発電の風車や伊良糊岬に至る稜線を見ることもできる。
- 中学校正門から下り、右に折れて海岸へ。
砂浜や岩場があり、水遊びや海の小動物たちの観察にもぴったりの場所。
西方の海上に浮かぶ松島を影絵のように映しながら沈む夕日は格別。
- 日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)は、外宮の御鎮座以来千五百年間、毎日朝夕の二度、天照大御神をはじめ別宮の神々にお食事を奉る。
その時の干鯛は篠島で古式にもとづいて調製され、年三回神宮へ奉納している。この中手島は伊勢神宮の管理地となっている。
- 南朝の後醍醐天皇の皇子、義良(のりなが)親王が島に漂着された。その際、親王の飲料水を探し求め、ここに発見。さっそく井戸を掘り城山にいる親王にさしあげた。ここがその井戸。
- 風光明媚とは、まさにこの丘のためにある言葉。ここに立つと篠島全体が「東海の松島」を彷彿させる絵はがきのように望める。
篠島をうたったと言われている碑が建てられている。瞬子句碑も見逃せないし、時間をかけてくつろぎたい。
- 太平洋から南風にのって寄せる波はここでどっと砕け散る。加藤清正はここから名古屋城築城のための石を切り出し、一つ大きな石に枕をかったまま運び残した。
この石を清正の枕石という。
- この浜の中央付近から弥生時代の遺跡が出土した。
縄文時代のものもあるそうだが発見されてはいない。 その昔、捕鯨の行なわれていた時代にはこの浜へ陸揚げされていたことから「鯨浜」の名前がついたという。
- 離れ島だったが埋め立てられて歩いて公園へ行ける。
行き交う船からも展望がきき、春には桜が満開に。三頭花の句碑もあり、島の新名所として訪れる人も増えている。
- 建暦年間(鎌倉時代初期)、南知多町大井の医王寺の一坊を移した寺。
本堂前には一対のこま犬があり、これは犬嫌いの八王子社から移されたもの。
ここは新四国39番目の札所。
- 京都の智恩院直末の寺。永正年間(室町時代中期)、時の天皇の命により、伊勢神宮の用材を使って建てたとのこと。
新四国番外礼所。
- 古代、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大神を伊勢に祀り、付近をご巡視されたとき、篠島の風光明媚なこと、人情があついことなどから御神界と定め荒御魂を祀ったという。 八王子社も同様に、社殿の改築は伊勢神宮の用材で行われる。1月4日に行われる大名行列は圧巻。
- 男性神の八王子社は年に一度お正月の祭礼で女性神の神明神社の元へオワタリを行う。このことから近年では、縁結びの神として信仰を集め若い男女の参拝客が増えてきた。神明神社と八王子社を結ぶ道は「恋の道」として有名。
- 応安年間(南北朝時代)の創建と伝えられている。 この寺の梵鐘(ぼんしょう)は「龍門の梵鐘」として、見る価値大いにあり。 新四国38番目の札所。